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2018年12月14日 (金)

1200年以上日本を支え続けた日本遺産、明延鉱山を見学

兵庫県のほぼ中央部、養父市の長閑な山中に、日本遺産に指定されている『明延鉱山探検坑道』を見学。

パンフレットによると、明延鉱山は約1270年前の奈良時代最盛期には開山していたと言われ、東大寺の大仏鋳造にもここで採掘された銅が使われていたとも言われている古い歴史のある鉱山。

その後、戦国時代には織田信長や豊臣秀吉、江戸時代には幕府直轄、明治時代には官営となり、まさに天下を取るには必要不可欠な資源を生む鉱山です。

明治29年(1896年)には三菱に払い下げられ、明治42年(1909年)に錫鉱が発見されてからは日本の錫の95%を産出、錫以外にも銅、銀、亜鉛など非鉄金属を含め、国内有数の鉱山として発展。

最盛期には月産35,000トンの粗鉱を産出していましたが、昭和62年(1987年)にプラザ合意による円高と世界的な金属価格の暴落により採算が取れなくなり、まだ地下に多くの資源を残しながら閉山しました。

閉山後、坑道の一部は鉱山学習施設として整備され、所要時間60分の見学ツアーが催されており、今回このツアーに参加してみた。


坑道ツアーに先立ち、まずはあけのべ自然学校へ寄って受付。
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ここは元々明延小学校の校舎で、鉱山関係者の子どもたちでにぎわっていたそうですが、鉱山閉山とともに学校も閉校となりました。

人数分のヘルメットが用意され、ガイドさんとともに坑道入口まで車で移動。
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探検坑道入口に到着。
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見学したのはまだ半袖でも過ごせる9月中旬でしたが、中は12℃なので上着が必要。

坑道の扉が開けられ全員が中に入ると、ガイドさんは扉を閉め施錠。
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ヒッヒッヒー もう逃げられないゾ・・・

と言われても、もう我々にはどうしようもなく、閉じ込められた状態。

坑道内は、採掘した鉱石を運ぶために敷かれたレールが張り巡らされており、操業当時のまま残っている。
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地下水がしみ出していて流れており、土の部分はぬかるんでるところも。

それでも探検坑道は見学用に整備されており、照明も点いて明るいのですが、実際の操業時は坑道に照明はなく、自分のヘルメットの明かりと掘削機械の照明しかなかったそうで、ほとんど真っ暗だったとか。

坑道に沿って太いパイプが通ってますが、ここには圧縮空気が通っており、坑内への酸素供給や送風、機械類の動力源に使われいて、6気圧以上の圧力が必要だったらしい。
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分かれ道にはレールも分岐していて、脇に転轍機も。
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この辺りは江戸時代に人力で掘られた場所もある。

奥には部屋のようなところがあり・・・
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中には醤油が熟成されています。
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坑内は温度変化が少なく光も入らないので、長期熟成にもってこいなんだとか。

坑道は重層構造になっており階段で上がるのですが、踊り場あたりがすごく狭くなっているので頭をぶつけないよう要注意。
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ふと階段の奥を見ると、まるで牢屋のような場所が・・・恐
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上の層は木製の支柱で支えられている坑道が続く。
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果たしてこの丸太で岩盤が支えられるのか?ということは考えないようにしよう。
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丸太の先にはこの坑道の見どころ、巨大鉱脈跡。
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高さは約20mあり、優良な鉱脈があったので採掘した結果、その跡が空洞になっている。

ここにも丸太が挟まってますが、足場だったんですかね?
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坑内には、実際に使われていた採掘機械も展示されています。
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↑このボーリング機は、鉱脈を探すために岩盤を筒状に掘る機械で・・・

実際にボーリング機で掘ったものも触らせてもらえる。
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朱色に錆止め塗装された鉄製の支柱がずらーっと並んでいますが、伏見稲荷の千本鳥居みたいな。
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ただ、常に濡れているせいか、表面に錆が浮いていたり。
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手書きでごみ捨てるなと書かれていましたが、これも操業当時のものなんでしょうか?
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掘った鉱石を運ぶ鉱車と、蓄電池式の機関車。
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坑内をパトロールするためのパトロールカー。略してパトカー?
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狭い坑道を走るため車体は小さく細いので、遊園地の子ども用の乗り物みたい。
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削岩機の「ミニブームジャンボ」。
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ミニなのかジャンボなのかよくわかりませんが、狭い坑道での削岩に活躍。

動力は圧縮空気のようで、空気の元バルブや機械を動かすための配管類が萌える。
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作業者目線だとこんな感じ?
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ただ、明かりはほとんどないので、周りはほとんど見えてなかったかも。

マインメイト。狭いところで使えるショベルカーでしょうか。
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シートの朽ち感にちょっと胸騒ぎがする廃墟好きな私。
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タイヤローダーは、レールのないところで鉱石を積み込む作業車。
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タイヤローダーの名前の通りタイヤが付いてますが、空気が抜けてぺったんこになってしまっている。

坑内には酒蔵も。
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お酒の長期熟成も坑内の環境が適しているので、美味しいお酒が出来るんだとか。
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横方向に削岩する機械、レッグドリル。
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サビサビの鉄壁と鉄扉に書かれている『火薬袋乾燥室』がちょっと怖かったり。
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重層構造の坑道をつなぐエレベータ、「大寿立坑」。
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今、見学できる探検坑道は全長650mで上下2層を通るだけですが、実際の総延長は東京~大阪間ぐらいの約550km、高さ(深さ)は東京スカイツリーをも凌駕する1000mもある。

深さ1000mの中はレベル-1から-14まであり、このエレベータは地下の各層をつなぐ大動脈。
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三菱製のエレベータは今や朽ちていてどこが何だかわかりませんが、昭和初期にこんな規模のエレベータが稼働していたことに驚きも。

幅の狭い坑道で使われたロードホールダンプ。
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幅と高さを抑えるため、エンジンが車輪の外側に搭載されてオーバーハングが長く、つんのめってしまうんじゃないかと心配してしまいますが・・・
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エンジンの反対側にはバケットらしい装備があり、重量バランスを取るにはいいのかも。
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展示してある車両の中では最大級の大きさ、坑内用ダンプトラック。
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曲がりやすいように首を振るような構造。
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縦置きのエンジンに向かって横向きに運転席が付いてます。
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大きい機械は分解してエレベータで地下に運んで再び組み立てるそうですが、このダンプの荷台部分はパーツを分解してもエレベータには載らないので、荷台の真ん中で切って運び、再び溶接して組み立てたんだとか。
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黄色で囲んだ部分が溶接した部分。朱色の塗装が剥げてます。

探検坑道に展示されている掘削機械はほんの一部で、大部分は閉鎖された坑道に放棄され、今や地下水の中に沈んでるらしい。

坑道に入って約50分、出口側から地上へ。
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明延鉱山探検坑道の見学は、3日前までの予約が必要です。
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出口付近に、坑内で使われていた蓄電池式機関車が展示されています。
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日本の歴史を支えた鉱山は、閉山した今でも見どころ満点で、大人でも十分楽しめます。

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